《京都市》鴨川に架かる橋

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京都市内、東側の南北を流れる鴨川は、
江戸時代から川床を愉しむ人たちで賑わい、有名です。

当時は川の浅瀬に直接置くスタイルで、現在の川床とはスタイルが違っていたそうですが今も昔も愉しみ方は同じなようです。

さて、鴨川に架かる橋(出町柳〜京阪七条まで)には観光地がたくさんあり、

それぞれの橋と近くにある観光地情報も載せてみたら面白いかなと記事にしました。

出町柳から京阪七条まで、5kmの道のりで、実際に歩いてみると、14の橋が架かっていました。

橋の順番は、上から順に北(出町柳)から南(京阪七条)となっています。

河合橋

京阪の終点、出町柳駅を出てすぐに見える橋は河合橋が架かっています。
現在の河合橋は、昭和10年の大洪水で流された後に再建され、昭和13年建造のもの。

このあたりは『鞍馬』や『比叡山』に向かう電車の乗り換え駅になっていたり、
徒歩では『下鴨神社』に行けます。
『京都大学』もここが最寄り。

出町橋

出町橋は河合橋を渡るとすぐにある橋です。
若狭街道の出発点(鯖街道口)。
こちらの橋は昭和29年建造ですが、かつては、加茂川と高野川をまたぐ長大な橋だったそう。
大正7年に出町橋と河合橋に分割されることになります。

この橋を渡ると『出町桝形商店街』が見え、賑わいを見せています。

もう少し進むと『京都御所』があります。

加茂大橋

今出川通の橋。大正時代の都市改造に
より、今出川通が拡張・延長され、その
東西を結ぶ橋として建設された。
昭和6年建造。

『京都御所』『京都大学』

荒神橋

『京の七口』の『荒神口』

1855年の皇居炎上の際に、天皇の移動のために架けられた橋だそうです。

近くは、『京都御所』『京都大学』『平安神宮』

この荒神橋から鞍馬(北)の方を撮った写真。

あと数本南の橋から同じ方角を撮ると、人々の賑わいを感じる雰囲気に変わるので、この橋から撮る景色もこのあたりでしか撮れないいい一枚になります。

丸太町橋

丸太町橋はもともと、木製の橋でしたが、鴨川の洪水で、たびたび流されてしまうことがあったので、
1912年に架橋工事をし完成したのだが、 1930年、架け替えられ、1991年に現在の橋が架け替えらました。

丸太町とは材木、丸太の売買が由来しているそうです。

『京都御所』『平安神宮』が近く。

二条大橋

かつては今の二条大橋付近には、橋は架かっておらず、現在の二条大橋は1943年に架けられました。

『平安神宮』が近く。

御池大橋

御池大橋は1964年に完成しています。

夏目漱石が宿泊したことにちなみ、橋の西側に句碑が立っています。
この辺りから、鴨川の西側は建物が密集し、『川床』がせり出しています。

近くは『京都市美術館』『岡崎公園』『平安神宮』『京都市動物園』

三条大橋

ここは、東海道五十三次の終点。
『京師 三条大橋』

行き交う旅人でにぎわい、旅籠や料理屋、土産物屋が並んでいました。

三条大橋西詰には『東海道中膝栗毛』の主人公・弥次さん喜多さんの銅像が立っています。

三条大橋は1590年に豊臣秀吉が改修した記録があり、現在の橋は1950年に作られました。

駅伝発祥の地でもあり、当時は京都から東京までが駅伝のコースだったそうです。

『南禅寺』へは、ここから歩くのは少し距離がありますが、鴨川の橋からはこの三条大橋が一番近いです。
ここからタクシーが便利です。

三条大橋のすぐそば、京阪三条駅には大きなバスロータリーがあります。

京都市内はだいたいどこへでも行けます。

三条大橋から東へまっすぐ進み、左へ進むと『平安神宮』、右へ進むと『知恩院』や『八坂神社』に繋がる『円山公園』があります。

四条大橋

今でいう『鴨川の川床』。
鴨川の川床は祇園を中心に、江戸時代中期頃から夏の楽しみとして人気になって行ったそうです。

川床を楽しむお客さんと、川べりに座る人たち、川沿いを歩く人、歌っている人の、人で賑わう四条大橋の下。

さて、四条大橋がある四条通りは、八坂神社への参道です。

7月の1ヶ月間開催される八坂神社のお祭りに、『祇園祭り』がありますが、

山鉾も神輿もすべて四条大橋を渡って八坂神社へ参ります。

四条大橋東側は、『祇園』の街が広がり、『八坂神社』『知恩院』『円山公園』『建仁寺』

四条大橋西側には、『先斗(ぽんと)町』『京都大神宮』『錦市場』

もう少し西を歩くと『烏丸(からすま)』に着きます。

団栗(どんぐり)橋

どんぐり橋の名は、昔、大きなどんぐりの木があったことに由来するそうです。

1788年、団栗橋近くから出火して、京都の市街地の80%が焼けてしまったという今では考えられないことがおきました。

このことは『団栗焼け』と言われています。

現在の橋は1963年に架けられました。

近くに、『建仁寺』、
京の都のお伊勢さまと言われる『京都大神宮』があります。

松原橋

本来は、この地に架かっていた橋が五条橋であったそうです。

通りの両側に見事な松並木があったことから五条松原橋とも呼ばれていました。

現在の松原橋は1935年に架けられました。

元来、五条大橋と言われていた今の松原橋は、実は牛若丸と弁慶が戦った場所。

牛若丸が弁慶を打ち、生涯家来とした場所が、この松原橋付近であったと言われています。

『元来の五条大橋』や『現在の五条大橋』と、ややこしいですが、

『牛若丸』と『弁慶の像』は、『現在の五条大橋』のたもと『牛若ひろば』にあります。

松原橋を道沿い(松原通り)東にずっと歩くと、『清水寺』に着きます。

五条大橋

現在の五条大橋は六条坊門通に架かっており、1590年に、豊臣秀吉が方広寺の造営の為、資材を運ぶ用に橋を付け替えたとのことです。

以前は一本北の橋が『五条大橋』で、その通りが『五条通』でしたが、

橋を付け替えることにより、五条通と言う名も一本南に移動しました。

今では五条大橋たもとの『牛若ひろば』の牛若丸と弁慶の像が有名ですが、橋の西側には『扇塚』があり、
平安時代初期に、扇が初めて作られたと地と刻まれています。

正面橋

正面橋は正面通りにかかっている橋。

なぜ正面というのかというと、
東山区にある天台宗方広寺の大仏の正面につながる事に由来しています。

正面橋を東にまっすぐ進むと『豊国神社』があり、近くは、『三十三間堂』『智積院』があります。

西に進むと『渉成園』『東本願寺』があります。

七条大橋

現在の七条大橋は、京都市電の開業を見据えて、市電の荷重に耐えられる頑丈なアーチ橋として明治44年11月に起工し、大正2年3月に竣工しました。

七条大橋は、鴨川に架かる現存する橋の中で、もっとも古い橋といわれています。

七条大橋の東側に『三十三間堂』『智積院』『妙法院』『京都国立博物館』

西側は『渉成園』『東本願寺』

最寄り駅は、京阪電車の『京阪七条』駅ですが、JR『京都』駅はここから西へ1kmほどの距離です。


【京都府】京都市・京の街
日本の伝統文化を色濃く残す京都市、観光スポットがたくさんあり、各箇所で四季折々の魅力がたくさんあり、どこを巡ろうか、迷う選択肢がたくさんあると思います。実際そこに行ったような感覚になるような案内を少しですが、させていただいて、皆様の旅行プランの参考になればと思います。
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